雲母唐長の宇宙を遊泳する。

「文様」にはすべて、意味や物語があるから、見えざる力が宿ってるんです。数百年、数千年続いてきた人の祈りがあるんです。
唐紙の文様は、自然をモチーフにして、本当に様々な展開がありますね。
文様を紐解くと、実は、そこには神様が潜んでいるんですよ。例えば、水は浄化をあらわし、その場を空気を綺麗にするとか浄めるとか、そういう意味があったりします。
龍とか亀とかは、お守りなわけですよね。守護的な意味があったり。
例えば、みんな、大好きなさくらにしても、「さくら」は神様の名前ですから。「サ」は、山の神のことです。さくらの「クラ」は鎮座するということです。坐る、サの神が鎮座する、ということです。春になると、山からサの神様が降りてきてくれはって、さくらの木に宿って、お花を咲かす。それによって、今年も神が山から降りてきてくれはったということで、五穀豊穣の願いを奉げる…それが、さくらの名前になってたりするんですね。

旧暦の五月、皐月の「さ」もサの神様です。
田植えする女性の方々は「早乙女(さおとめ)」って呼ばれてたり、「五月雨(さみだれ)」は稲を育てるのに必要な雨を言います。そこに、「サ」がついているのは、サの神様との関わりを表しているのではと思うのです。
文様は、単なるデザインや柄、装飾ではなく、それぞれに意味があり、物語があるのが、「文様」なんです。「notデザイン」なんですよ。

意味や物語があって、それが宿っているのが文様であり、数百年・数千年単位で人間が伝えてきたものなんですね。
僕にとっては、それらの力を写し取るのが唐紙だ、といつも言っているんです、単なる色が綺麗とか柄がどうとか装飾がどうとか、そういうものではありません。八百万の神々の見えない力みたいなものが宿っていて、それが木に彫られて、板木と呼んで江戸時代から先祖代々継承しているんですけど、その神の力が彫られた木に宿る訳ですよね。戦争も火事も地震も色々な天災も人災も乗り越えて、今、現在僕たちの手元に残っているものは600枚以上。そこには、長い歴史の中、先祖が命がけで守った力がさらにプラスオンされているわけですよ。その見えざる力は、一枚の板木に宿っていると思うんです。

自分を十代遡ると、お父さんお母さんだけで千人を超えるんですよ、誰でも。ということは、千の魂がある訳じゃないですか。でも、お父さん、お母さんだけじゃないですよね。兄弟姉妹もいるだろうから、数千の魂が十代遡る時間の中にあるわけですよ。僕らは、十一代、400年ぐらい続いていますが、家族だけじゃなく、それぞれの代に関わる職人さんたちの魂も数えると、もっと大きな数になっているわけです。さらに、唐紙を愛してくれた人たちが400年間いたわけです、これはとても大事なことです。この人たちにも家族がいますので、それらを考えると、数十万、数百万の魂の恩恵を受けて、1枚の板木が、今、存在していると思えたんですね、ある時に、僕は気づいたんです。その見えざる力を写し取れてこそ、初めて、美しい唐紙は、生まれる。そこに、その祈りや神様が宿っているということがあるから、僕はそれを写し取ることによって、人々が唐紙を通じて穏やかであったり、しあわせを感じていただいたり、ひいては、世界が平和であったりするといいよなぁと思い、唐紙と向き合うようになったんです。
その数百年・数千年の祈りに込められた文様によって、お部屋や、その空間がまもられているということですよね。
そうそう。そういうことですよね。凄く特別な感覚があるのです。襖1枚でも、いわば、数百年前に確かに江戸時代の空気を吸ってたものから、現代の暮らしに誕生するわけじゃないですか。僕たちが伝える板木には、江戸時代からの空気を数%纏ったものが、今の暮らしに時を超えて現れるわけです、凄いことですよね。
数百年、人々を守ってきた力が今、わたしたちの生活を守ってくれるんやないかなぁと思って…。だから、僕は、唐紙って見えざる力が宿ってるんです、と、ずっと言い続けているんです。

以前は「唐紙を通して世界を平和に」と言えば、「なにを、たいそうな」って言われたんですよ。「なにをおおげさまこと、言ってるねん、あんたは」ってね。
でも、今年ちょうどコロナ禍の真っ最中に納めた作品は22m、襖でいうと24枚分ぐらいの作品で、それで1枚の絵になっているんです。そのスケール感は、唐紙史上初のことであり、世界最大の唐紙アート作品となりました。そういう作品を納めたのです。
「世界平和のために作品をつくってください」と、言われてね。時代は変わりました。
その作品の中には、未来の地球があるんです。未来の地球をみんなで描こうということで、2万人ぐらいの人に協力してもらったんです。僕には「しふく刷り」という点描とたらし込みを融合させた独自の染め技法があり、みんなで世界平和を祈りながら「しふく刷り」を行い染めるという試みに挑んだ訳です。絵具を指につけて、青い点を和紙に置いていくわけですけど、結局、22,690人の方々が志を共にしてくれました。それだけの人々と共に手がけたアート作品は、珍しいですよね。
指で紙に青を置いていく。署名みたいなかんじですね。平和に捺印する、みたいなかんじですね。
海のようにも、天の川にも見えるし、宇宙にも見えるし、龍にも見える。作品の前に立つと、大きな龍が畝っているように見える。ふっと見ると、作品の一番左の端のところに、龍の頭と手みたいなものが出てきたんですよ、偶然なんですけどね。みなさん、驚かれますが、作品全体に龍神さんみたいなものが顕れているんです。見えない力を信じて向き合うからこそ、見えざるものがあるとき突如として顕れてくる、唐紙にはそういう不思議があるんです。

宇宙で茶会は開けます。

宇宙で茶会は開けます。
ただし、地上の作法とは異なる、宇宙作法になりますね。
宇宙教育にも尽力していらっしゃった的川先生。
宇宙で、茶会は開けますか?
結論から言えば、宇宙で茶会は開けます。
でも、宇宙は無重力空間なので、地上の茶会とは全く違ったものになります。
お茶を点てるときの所作ひとつとっても、ふくささばきなどは、ふくさが無重力空間では舞い上がってしまうので、さばくことがむつかしい。
茶人の所作も全く変わってきます。
客人のほうは、お席とされる場所に足をひっかけられるように工夫をしてテープで止めて座るというようなことになります。
国際宇宙ステーション(ISS)に茶室はつくれますか?
やり方次第では、可能だと思います。
国際宇宙ステーションは、アメリカやロシアなど宇宙開発に協力している各国の棟があるのですが、日本実験棟である「きぼう」は一番広く、一番静かで清潔だと言われていますから、茶会を開くにはぴったりですね。「きぼう」は、他の国の宇宙飛行士が癒されに来るような場所になっています。
キューポラという、八角形になって窓があるモジュールがありますが、そこは常時地球が見えるようになっており、お月見ならぬ「お地球見」をしながら茶会、なんていうのにぴったりの場所だと思います。
無重力空間での宇宙作法については、たとえばどのようなものになりますか?
2011年に、古川宇宙飛行士が「宇宙で抹茶を点てる」という実験をおこなっています。
これは、芸術科学の河口洋一郎先生と組んでおこないました。
ビーカーのようなフラスコのような特殊な容器を作って茶せんを使って、実際に抹茶を点てています。水と抹茶の顆粒がきれいに混じって、ちゃんと抹茶が点てられていましたよ。
また、同じように日本文化に関する実験では、宇宙で墨流しする実験もおこなっています。
こちらは芸術の逢坂卓郎先生とおこなっています。
宇宙での墨流しは3D墨絵になるわけです、新鮮ですよね?
また、山崎宇宙飛行士も、宇宙でお琴の演奏をしています。彼女はずっと生田流のお琴を習っていて、宇宙に行くにあたり、宇宙船に持ち込める小型の特別なお琴を広島県の福山の社長さんが侠気で作ってくれたのです。
野口宇宙飛行士が奏する笙とセッションしている動画もありますから観てみてください。
宇宙用に小型にしたので弦の響きが本格的なお箏とは違ってしまっているようですが、それでも、宇宙で響く和楽器の音は感慨深いですよ。
宇宙から日本文化を発信していくことはとても素敵な試みですね。
スペースXなど民間参入が活発になり、令和の新しい宇宙観が始まっていくのではと思いますが、いかがでしょう。
そうですね。以前の話ですが、若田宇宙飛行士が3回目の宇宙飛行で宇宙ステーションの船長さんをつとめたとき、ちょうど地上ではウクライナ問題が勃発し緊迫した状態にありました。そのときの宇宙飛行士のチームは、アメリカ人とロシア人、そして若田さんだったのですが、アメリカの宇宙飛行士とロシアの宇宙飛行士たちと一緒に「地上では米露が対立しているけど、宇宙ではみんなで協力すればいい仕事ができることをメッセージとして見せてあげなくては」と、みんなで熱心に話し合っていた、という話があります。
普通の人たちが宇宙へ行ける時代が近づいて、そんなふうに、宇宙から地球を眺めながら、国際会議が開かれるときも来るのかもしれません。
また、産業のほうでも、宇宙に麹を持ち込んで、地上に戻ってその麹で日本酒をつくったりというような実験は色々行われています。
今後、そのように様々な分野での宇宙利用がより活発になってくると思います。
なるほど。宇宙から地球を見ながら、宇宙飛行士たちが平和会議を開いていた、みたいなかんじですね。宇宙から、平和を考える時代が来ているのかもしれません。
わたしたち地球人の集合意識もupdateされていく時代になりました。
宇宙の文化・芸術利用を通して、宇宙とわたしたちとの距離は今までとは確実に変わっていきそうです。

宇宙で抹茶を点ててみた

抹茶を茶せんでかき混ぜると泡がたつものですが、泡は無重力のほうがすばらしいと思います。
古川宇宙飛行士が、宇宙で、カプセルに入った抹茶と茶せんを使って、お抹茶を点てる映像はワクワクしました。
「宇宙で抹茶を点てる」は、物理・化学的な視点と芸術が融合したテーマです。無重力の空間で抹茶を点てると、抹茶の粉と水はどのように混ざり抹茶になっていくのかを可視化し、その挙動を観察する物理・化学的な研究観察の視点です。
当時、流体力学のシミュレーションとして光の離合集散や衝突に興味を持っていました。
将来、宇宙におけるお茶会の可能性を探ります。今後、国際宇宙ステーションでのお茶会開催を通じて、日本古来の文化のひとつを紹介することを目指したユニークな試みです。
この実験の形が決まるまでには、色々な試行錯誤があったのでしょうか。
最初は漆の茶器を使いたいとか、ロボット茶会はできないかなど、色々想いはあり、僕がデザインした着物もあったのですが、宇宙船に持ち込める重さ制限で、この形に落ち着きました。古川宇宙飛行士がまとっているシルクのスカーフは僕のCGの作品です。雅な雰囲気が出ればと着けてもらいました。
特殊なビーカーのように見える球体の容器は、この実験のために試行錯誤して創造したものです。水が飛び散ると、宇宙空間では非常に危険なので、密閉できる容器になっています。また、無重力空間では手を離すと器が宙に浮かんでしまうので、古川宇宙飛行士に固定してもらい実験をおこなっています。古川宇宙飛行士の空いた時間におこなってくれたもので、カメラの位置など、もっとこうしたらよかったと今回の実験でわかったことは色々あります。
実際に実験してみてもご感想は?泡がとてもきれいで、印象的でした。
最初の水の透明な屈折は圧巻でした。水の細やかな集合体の美は、初めての体験でした。これほど繊細な泡は見たことがありません。
抹茶を茶せんでかき混ぜると泡がたつものですが、泡は無重力のほうが素晴らしい、というのが、まず感じた率直な感想です。抹茶のデリケートな泡には微細な集合体の美しさがあり、素晴らしかったです。まるで宇宙の泡のなかにいるような、宇宙船の内部空間全体にそういうプロジェクションマッピングをしてもおもしろいと思います。深海空間に近い感覚かもしれません。
宇宙での茶会は地上のしつらえとはまた違う、宇宙ならではのしつらえや趣向で、おもてなしができそうですね。宇宙作法を楽しむというところでは、同じ日本文化のなかでは蹴鞠もおもしろいかもしれないですね。
そうですね。四次元的ゲームというか、四次元流体ゲームもおもしろいと思います。
僕は、「伝統の未来化」ということを常々考えていて、今後もそれをテーマに様々なアプローチをしていきたいと思っています。
宇宙茶会では、五感の増幅はあるでしょうか?
今回のお茶を点てる実験では、実際にお茶を飲むことは次の機会となりました。宇宙空間では、前例のないものは生命に関わることなので、何回も何回も実験して安全性が実証されないと承認されないのです。特に飲食に関しては、のどにひっかかってつかえたり、鼻に入るというリスクもありますから、地上ではなんでもないことが、宇宙空間では即、生命のリスクに直結してしまうのです。
また、香りに関しても、無重力空間では制限される。香りも粒子ですから回収ができない。いつまでもそこに残り、まじりあってしまうことも考えられる。地上のようには奔放に楽しめません。
だから、臭覚や味覚など、今後の宿題は色々あります。
宇宙空間では、五感は増幅する部分と同時に、捨象していく部分が多々出てくるのです。
無重力になったら、五感が広がるという単純なものではなく、地上にはない新しい拡張が出てくる、というわけです。新たな第六感のような感覚が生まれてくると思います。
だから僕は、宇宙飛行士は未知へのチャレンジャーで、夢と希望を与えてくれると思います。
なるほど。地球でめいっぱい五感を楽しんで、宇宙では第六感のギフトを受け取る、というかんじでしょうか。
当たり前のように毎日、色々な香りや味覚や触感を楽しんでいるわたしたちですが、それらはすべて、地球の恵みのなかにいるということ。その先の宇宙では、第六感・第七感との出会いが待っている。楽しみですね。

最初の宇宙茶人かもしれません。

無重力を活かした新しい文化というか、宇宙文化が始まっていくと思います。
宇宙で最初にお抹茶を点てられた古川宇宙飛行士は、最初の宇宙茶人です。
実際にお抹茶を点てた感想をお伺いできますか。
まず非常に驚きであり、かつ嬉しかったんですね。これは人文科学の実験として行いまして、液体の挙動を見るという科学的な側面もありました。国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」内で、密閉された容器に入っている抹茶の粉に、お水を注ぎこんで溶かして抹茶を作ったんですけど、重力下だと水が容器の下に溜まるのが普通ですが、無重力では全く異なりました。水が容器の壁に当たって上下左右、八方にはね返ったんですね。まるで水が踊っているように見えて非常に驚きでした。地上ではとても見られない不思議な光景でした。それから芸術の先生がデザインされたカラフルなスカーフを纏い、お茶を飲む動作をしました。地上ではそのまま茶碗に入れて飲めるんですが、無重力ではそうはいかない。万一、水が四方八方へ飛び散って精密機械に入ってしまうとショートしてしまいます。それを防ぐ安全の観点から、閉じた密閉容器しか許されなかった事情があります。そのため、抹茶をいただく真似だけになりました。ただ、宇宙で日本文化を紹介することができて、とても嬉しかったです。
動画を拝見していて、泡がタピオカぐらいの大きさで、とてもきれいでした。茶せんでかき混ぜるのは難しかったですか?
はい。重力を使えないので、振るのは地上と一緒なんですが、横に振れば、その方向にだけ液体が動くので、左回転30回、右回転30回・・縦回転、横回転と回数を同じにしてかき混ぜました。地上でするのとは、ちょっと違う感覚です。
宇宙でこのように、お茶を飲むのがポピュラーになると、茶道の作法も宇宙版になるということですね?
まさに宇宙でできる形でやりました。伝統的な茶道の作法が宇宙ではとても難しくなります。まず、正座をするということが宇宙ではとても難しいんです。地上で正座をするというのは実は重力を大いに使っているんです。足を折り畳むときに膝を曲げて、からだの重さをうまく使ってるんですね。無重力で正座の姿勢をとって足を曲げようとすると、足の筋肉を一生懸命使い続けないと、あの姿勢でいられないんです。もし宇宙で、あの姿勢を取り続ける場合は、頑張って筋力を使って正座の姿勢をとったあとに、膝の上下、太ももと脛のところにゴムのようなもので固定することになります。地上では畳の上の座布団の上に正座されると思いますが、宇宙ではそれができません。地上では、からだの重さで畳や座布団に押し付けてもらってるんですが、無重力では畳と座布団をマジックテープでくっつける必要があります。地上とは全く違う作法になるわけですが、逆にいいこともあって、体重がかからないから足もしびれません。このように新しい形になりますので、新しい宇宙の文化が生まれるのではないかと思います。
宇宙では、ここが床、ここが天井という感覚はなく、足を向けたところが床になります。だから空間を立体的に使える茶会ができると思います。無重力を活かした宇宙文化とも言うべき新しい文化が生まれていくと思います。
宇宙で茶会が開かれたら、宇宙飛行士同士のコミュニケーションも変わっていきますか?
はい。そうなると思います。日本文化を活かしながら、無重力の現象を共有する地上とは異なる特別な茶会が開かれることで、多国籍の宇宙飛行士のコミュニケーションや相互理解が進むと思います。
地球から離れて感じる日本文化への思いについてお聞かせください。
わたしは宇宙飛行士になる訓練をしていたとき、米国に9年住んでいました。そのとき、「自分の故郷は日本だ」と日本文化への思いも強く感じ、日本の文化やJAXAの活動を米国で発信していました。日本から離れて米国にいるときはそういう感覚だったんですけど、地球から離れて国際宇宙ステーションに行ってみると、変化があったんです。
最初わたしは、日本の上空を飛んでいるとき、「あ、日本だ。きれいだな」と思っていました。時間が経つうちに、世界の多くの場所が美しく、きれいなところがいっぱいあって、地球全体が美しく素晴らしい存在であって、「自分の故郷は地球なんだな」と感じられました。そんなふうに不思議な意識の変化がありました。
地球はとても特別な存在で、その奇跡のような地球全体が愛おしくなりました。
これから宇宙に行く人が増えたら、地球人意識も変わっていきそうですね。
宇宙から地球を見ることで、環境意識も劇的に変わっていくのではと思います。

宇宙でお箏を奏してみた

宇宙で茶会を開いたら、招かれた客人は壁に縦に座るかも。
宇宙茶会では、長時間でも足はしびれません(笑)
山崎宇宙飛行士は生田流お箏の奏者と伺っており、宇宙でもお箏を奏されています。
お箏をあのまま宇宙に持ち込むことは無理なので、30センチぐらいの小型のお箏を特別に作っていただき、宇宙船の持ち込みました。小型なので従来のお箏とは音色や響きは違いますが、また私の拙い演奏で恐縮でしたが、宇宙空間で和楽器の音が響くのは、やはりとても感慨深いものがありました。
野口宇宙飛行士は笙を奏されて、2人で『さくらさくら』をセッションしました。
山崎宇宙飛行士が、お着物に似たお召し物で、無重力空間を遊泳されていた映像も当時ニュースで拝見いたしました。天女のようで素敵でした。
あれは、はんてんのようなもので、上から羽織っていました。宇宙で着物の着付けはできませんが、そういう羽織る衣装で和装の雰囲気は出せると思います。茶会に招かれたら、装いで和のアレンジはできると思います。
また、宇宙で足袋を履くことも可能です。
茶室のにじり口には、あのように、遊泳で入っていくことができますね。
宇宙で茶会は開けますか?
はい。無重力空間では、「ここが床」と決まっているわけではないので、また体が浮いてしまうので、すり足のようなことはできません。ですが、逆に、どこをお席にして座ることもできるので、たとえば、壁に縦に座ることもできますね。
宇宙船のなかでは色々な場所に足をひっかけるためのものがあり、そこに足をひっかけて固定します。
ただ、足をひっかけることができますが、正座のように膝をずっと折りたたんでおくことが難しいので、立ったままでもいいなど、座り方の作法も変わるでしょう。
縦に並んだ茶席も宇宙ならではで、素敵だと思います。
縦に並ぶ宇宙茶会、いいですね。宇宙で茶会に招かれたら、和装アレンジで華やかな演出もできそうですね。お化粧もできますか?
はい。宇宙でもお化粧はできます。アルコールとプロピレングリコールの入っていない化粧品なら大体使用できます。スキンケアもほぼ地上と同じようにできますし、宇宙空間でも身だしなみは整えることができます。
宇宙で茶会を開いたら、もし長時間正座しても足はしびれないんでしょうか?
はい。重力がかからないので正座でじっと座っていること自体が難しいですし、宇宙ではそもそも座るという動作はしないのですが、たとえ長時間座したとしても足はしびれないでしょう。宇宙では腰痛も肩こりもなくなります(笑)
では宇宙は茶会に向いているかもしれないですね(笑)
宇宙空間では液体はどのように飲むのですか。
宇宙飛行士は液体はストローで飲むことができます。でも、ストローだと、匂いもしないし、ちょっと味気ない部分もあるので、2008年に米国Pettit飛行士が、プラスチックのシートを使ってコーヒーカップを作りました。その後、2015年に、ポートランド州立大学が改良し、3Dプリンターで制作したコーヒーカップが国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれています。素材は明記されていませんが、一般的な樹脂系だと思われます。密閉されていて、少し蓋の部分をめくって飲むようなかんじです。
地上と同じような茶碗や陶器を宇宙に持ち込むことはむつかしいと思いますが、そういうカップを使えば、濃茶の飲みまわしのようなこともできる日が来るかもしれません。
また、お茶菓子については、上生菓子はまだ宇宙食になっていませんが、羊羹はもう宇宙食になっており、人気があります。
今回は茶会がテーマですが、たとえば、お能なども宇宙では、お馴染みの演目が全く新しい振り付けや演出ができるようになりますね。無重力を活かした演出といいますか・・演目の概念の解釈が全く新しくなる宇宙版が生まれそうです。
そうですね。これからは、宇宙を通して文化や芸術が新しい進化を遂げていくと思います。このように、宇宙から自国の独自の文化を発信していく試みは今のところ、日本が先駆者です。
これから人文科学、芸術の分野でどんどん宇宙利用が進んでいくのではと思います。無重力を活かした日本文化の展開は、とてもおもしろいと思っています。
日本が先駆者なのですね。それは楽しみです。
ところで、宇宙茶人の脳波はどうなるのでしょう?
また、宇宙で見る夢はどんな夢ですか。
わたしは脳波の実験をしていないのですが、他の宇宙飛行士の方の実験結果で、脳細胞に変化があったと聞いています。
無重力空間で重力から解放されると、上も下も右も左もない空間にぷかぷか浮いているような泳いでいるような、そういう意識の変化はあります。安心するような、なつかしいような感覚です。
夢については、個人差はあると思いますが、宇宙でも夢は見ます。
普段あまり夢は覚えていないのですが、地球に帰る前の晩に、他界した祖母が実家で笑っている夢を見ました。
宇宙で、太古の海にいるような感覚に出会うとは不思議です。
夢については、とても地球らしい夢で(笑)、なるほどと思いました。
宇宙にいても地球人であることには変わりはありませんものね。
宇宙にいることで、逆に新しい「地球人意識」が芽生えていくのかもしれませんね。

宇宙で墨流しを描いてみた

地球というゆりかごから一歩宇宙へ歩みだした。地球外からの視点を獲得して、いわば地球生命から宇宙生命へ。
宇宙だと墨絵も3Dになるわけですね。実験を見ていて、嬉しいショックでした。
「宇宙から新しい価値を創造するもの」「無重力環境の中でしか見られないもの」などのテーマがJAXAから出されたとき、わたしが考えたのは「水」です。
水はギリシャの哲学者ターレスが言うように「万物の根源」であり、地球上の生命を育み進化させた、地球を象徴するものです。宇宙で水を浮遊させて水球とし、さまざまな刺激を与えて、模様や色彩の変化を浮かび上がらせたいと思いました。水を表現メディアとしたときに手法として考えたのが、日本の「墨流し」です。海外ではマーブリング(Marbling)と言われています。
水球墨絵は「ミニ地球」のようにも、大気圏の動きのようにも見えます。映像ではシャボン玉をつくるように水球をふくらませてらっしゃるようにも見えます。
針金で輪を作り、そこにスポイトで丁寧に水のしずくをくっつけていき、水球を作っていきます。
水球に色を流し込んでいくプロセスが非常に美しいですが、これは水球の表面に流すということですか?水球の内部に色を注入するということですか?
スポイトで、水球の表面に色を流し込んでいきます。勢いがつき過ぎて水球の中に色が入ってしまったものもありますが、基本は表面に色を流す墨流しの手法です。
2008年の実験と、2011年の実験の違いを教えてください。
2008年は墨や色墨を画材にして使いました。2011年はを光と生命をテーマにしており、海ホタルの殻を粉砕したものや蛍光塗料を使っていますが、蛍光塗料は手作りの優しい材料でオリジナルのものです。地上でおこなう墨流しのように、2008年には和紙に触れさせることでマーブリング模様を吸い取ることができました。
地上を離れ、重力の拘束を離れた空間では、水平線や垂直線などの地上の基準の枠が外され、新しい認識や価値観との出会いが期待されますね。
墨流し水球絵画の実験では、液体同士の界面を強く意識しました。それは、液体が重力から解放されることで、密度や粘性の違いによってあらわれるものだと考えられます。実験以降、散歩していて川を見ても、川面の水が重力によってべったりと地球にへばりついているように見え、波は空気と水の物理的な変化によって界面に現れる造形のように感じられました。
宇宙をステージにしたとき、日本文化のどのような要素や特性が魅力として強調されると思われますか。宇宙での日本文化発信について、お考えをお聞かせください。
地震や台風などを含め、日本ほど自然エネルギーによる災禍に常に見舞われている国はないと思えます。そのために自然を観察し、いち早くその変化を捉える観天望気という熟語がある程ですが、同時に一年中の四季の変化を愛でるという感性も育まれました。鋭い観察力と繊細な感性が、日本人独特のバランス感覚を生んだとも思えます。宇宙という新しい次元を目の前にした時、世界中の人類が宇宙をどのように捉え、どのように生きていくべきかという人文科学的な課題について問題提起し、答えを提案していく感性を持ち合わせていると思います。
宇宙でアートを展開することの意義やメッセージについて、ご意見お聞かせください。
地球というゆりかごの中で育まれてきた私たちが宇宙へ歩み出したことは、地球生命から宇宙生命へと進化を進めていることだと思えます。地球外からの視点を獲得した以上、今までの世界を相対的に見る事ができるようになりました。この新しい体系が、哲学や芸術に新しい価値観を生む事は間違いありません。
地球生命から宇宙生命という意識の転換や覚醒が、環境、戦争、飢餓、民族問題など人類が抱えてきた大きな課題を解決するきっかけになるのではないかと感じているし、それ意外にないのではないかとさえ思う。
生命、環境、宇宙への視点を持つ総合科学的な芸術がこれからは求められるでしょう。
地球というゆりかごから一歩踏み出し、地球外からの視点を獲得したわたしたち。
水球の美しさを見ていると、あらためて地球や生命の神秘を感じます。

宇宙楽器を作ってみた

宇宙でも、風鈴のように涼やかな音色を。ゆるやかに動くインテリアのようなコミュニケーションツールのような、そんな楽器。
無重力空間での宇宙楽器の音色を聴いて、ふと雅楽を思い出しました。静かで涼やかな音ですね。
無重力状態での響きを意識して設計しました。宇宙空間は、静寂というイメージがあるかもしれませんが、それはあくまでも宇宙船の外の真空の世界の話で、国際宇宙ステーション内にいるときは意外にもかなり煩い機械的なノイズがあるのです。
日本の実験棟は一番静かなんですが、他の国はノイズが70デシベルぐらいあるところもあるのです。敏感な人は、耳栓が欲しくなるぐらい。
なので、音によるストレス軽減というか、音の癒しを考えました。
宇宙楽器は、造形もとても美しいです。巫女舞や仏具のようにも見えます。
よく見ると実はいろんな素材が使われていますね。
有り難うございます。これらの宇宙楽器には「コズミカルシーズ」という副題も付けていて「種子」のイメージがデザインコンセプトにありました。この作品をきっかけの種として、新たな無重力用の楽器が生み出されていって欲しいという思いが込められています。
素材は、アルミ、真鍮、ステンレス、それにヒバ・・青森ヒバを使っています。
電気機器に囲まれる宇宙で木材に触れる機会を作りたいと思ったのです。それに、ヒノキチオールという香り成分があるので。振っていたり、揺らしていると、少し香りがしてきます。自然な香りの癒しということも意識しました。
宇宙から見た地球の美しさにも通じるというか、木材に触れて地球の自然を感じてもらおうと思いました。木材を使うことや植物のような有機的なデザインにすることで、地球の自然風景をイメージしてもらえるのではないかと思います。
なるほど。宇宙でも借景ですね。
アレクサンダー・カルダーのモビールが好きで、無重力空間でのモビールに興味があったり、モビール的な楽器を作ってみたいという思いもありました。
また、宇宙船内での音環境の改善を意識するとともに、欧米のスペースアートから刺激を受けています。特にヨーロッパは、無重力アートが活発なのです。この楽器は、フランスにいたとき落ちていた真鍮のリングが美しい音で転がったのがヒントになりました。
地上で演奏するのと、宇宙の無重力状態で演奏するのとでは音色は変わるのですか?
大きく変わります。宇宙のほうが音色も響きもきれいです。地上ではもっと「ガシャン」という音になります。
内容物や振動版の浮遊を確認しながら、繊細に操作することで地上でおこなうときより金属同士のぶつかり合う音がきれいに鳴り、残響音が持続します。
フラクタルベルの方は、重力下では、潰れたような形になってしまいますが、無重力では生き生きした植物のように均衡の取れた美しい形態に変化し、無重力ならではの複雑な動きも観察できました。
基本的に、響きが長く残るのです。だから、音を止める宇宙楽器専用のサイレンサーも同時に制作しました。
宇宙でも風を感じるような音色ですね。
人の動きに応じて循環する空気に反応する風鈴みたいな。楽器というだけではなく、コミュニケーションツールの要素を持ったものを目指しました。
なるほど。やわらかく心地いい音色です。
ところで、宇宙でヒットするのはどんな音楽だと思いますか?
そうですね・・。ヒーリングミュージック・・環境音楽のようなものが合うと思います。
ダンスミュージックのようなものもよいのかもしれませんが、無重力空間でダンスをするのはちょっと大変だと思います(笑)慣性の法則が働いて、まわり続けてしまったりしますから、支えてくれる人が必要だったりします。多分、重心の感覚が変わるので、動きすぎると宇宙酔いします。
とても素敵な宇宙楽器ですが、残念ながら実験後に処分されてもう存在していないとのこと。宇宙飛行士が地球へ帰還するときに、処分されたとか。宇宙でもゴミ問題はあるのですね。
はい。演奏担当者だけでなく他の宇宙飛行士さんにも楽しんで頂けたと聞いているこの楽器も今はもうバックアップ品(事故に備えた複製品)しかありません。
他の廃棄される物と一緒に大気圏に突入させる方法で焼却処分されてしまいました。まさに流れ星のように!
宇宙でのゴミ問題の解決方法の一つですが、そんなところにもロマンを感じませんか?
無重力という環境自体が「新しい素材」になって、新しい音、新しい音楽が生まれていくんですね。
宇宙茶会が宇宙で新しいコミュニケーションを生んでいくように、宇宙楽器も新しい関係性の構築に貢献しそうです。
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